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北の湖ってどんな人?

昨日9月8日、日本相撲協会の北の湖理事長が一連の騒動の責任を取って辞任しました。
協会トップに立っていた北の湖前理事長とは、一体どんな人物だったのでしょうか。

1953年北海道生まれ。小さな頃から体が大きく、中学1年で上京し三保ヶ関部屋に入門。
13歳で初土俵を踏み、18歳で新入幕を果たすとその後はスピード出世を続け、1974年
には21歳2ヶ月という若さで横綱に昇進しました。
※この最年少記録は、未だに破られていません。

その後、横綱として63場所に出場し、670勝をあげた記録は歴代1位。
憎らしいほど強かったことから、1960年代に流行った「巨人・大鵬・卵焼き」に対し、嫌いな
ものの代名詞として「江川・ピーマン・北の湖」と例えられたこともありました。
また、倒した相手に手を貸さなかったことから、ファンの反感を買ったこともあります。

口下手ゆえ誤解を受けやすかったという北の湖。
実は、倒した相手に手を貸さなかったことに関しては、「自分が倒した相手に手を貸されたら
屈辱だから、そうしなかった。」と後に明かしているのです。

1985年の引退後は北の湖部屋を創設。そして2002年、いろいろな協会内部の改革が
出来るであろうと期待され、48歳で相撲協会理事長に就任。

しかし、朝青龍の仮病問題、時津風部屋の力士暴力死事件、元力士・若ノ鵬大麻所持事件
などという不祥事が次々と発生。親方衆から対応への不満の声が挙がり、辞任を決めるに
至ったとみられています。

以上、「めざましテレビ」からでした。  ⇒人気Blogランキングへ

大相撲 秘蔵映像で綴る、伝説の名勝負・名力士全集(3)
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